2014年5月1日木曜日

咳の病と、子どもの病気に効く神様

少し前に、熊本県で鳥インフル発生とニュースになった。

日本国内での鳥インフル確認は、確か東日本大震災があった年以来だと思う。
鳥インフルは言葉通り鳥が感染するインフルエンザであり、人間が感染するインフルエンザとは異なる。しかし、マレに人にも感染することがあるらしく、というか人間の感染するインフルエンザは鳥や豚など動物のインフルエンザが変異したものであるため、鳥のインフルエンザが発生するたびに警戒されることになる。ひとたび人に感染するウイルスに変異してしまえば、それは人間にとって未知のウイルス=新型インフルエンザとなる。抗体のない人類は感染拡大の脅威に直面する。

鳥のインフルエンザは、強毒型という症状の重いものから軽いものまで幾つかの種類がある。症状の軽いものは人間が感染しても通常のインフルと変わらないが、症状の重いものだと致死率6割以上というものまである。

鳥から人への感染がマレだとはいえ、人とウイルスの接触回数が増えるということは変異の機会が増えるということだから、厳重な警戒が必要となる。

私は鶏肉と玉子料理が大好きなので、このような騒動は困る。十分な加熱処理をすれば問題ないはずで、私も相変わらず鳥料理を食しているが、馴染みの飲食店に影響が出ないかと心配だ。


鳥インフルエンザとは別に、今、中東の方で懸念されているのはMERSコロナウイルスだ。致死率30%とも言われている。
1~2年前からサウジアラビア国内で警戒されいたこの新種のウイルスは、10年ほど前に中国を中心に世界中で猛威を見せたSARS(サーズ)と類似したウイルスだ。

世界中で、今もっとも感染拡大が心配されている感染症の1つだと思う。


インフルエンザにしろマーズコロナウイルスにしろ、どちらも高熱や呼吸器の炎症、肺炎のような症状が出る。

咳の病だ。

毎年流行する季節性のインフルエンザとは異なり、場合によっては致死率がふた桁レベルに達し、人々を襲う。
これらの新種のウイルスは、人の流れとともに広がる。
第一次世界大戦の時に、戦争による人の流れとともに世界中に拡散したスペイン風邪は、感染者6億人、死者は5000万人に達し、戦争以上の死者を出した。


グローバル化だとか言っている現代では、一度新しいウイルスが誕生したら、瞬く間に世界中に広がるだろう。

無論、このような感染症の流行は現代だけに限らず、過去にも何度もあったはずだ。


咳のカミさま、というのがある。

このカミさまは決まって私たちに身近な存在であり、むかしからアチコチにいらっしゃった。
やはり、こういった感染性の病の流行は、今と比べ物にならないくらいの切実なる恐怖だったんだろう。

そういった病の魔の手から助けてくれるカミさまだ。


東京都内にも、有名な咳のカミさまがいる。

例えば、墨田区の弘福寺というお寺の、爺婆尊。爺さんと婆さんの2体の石像だ。頼むと咳の病に効くという。

もともとは大名の屋敷にあったもので、百日咳で難儀する児童の親は、門番に頼んで拝みに入れてもらっていたという。
願掛けの仕方も変わっていて、こんな感じだ。

まず、必要なのは豆や霰餅の炒ったもの。これを煎じ茶とともに備える。
そして、始めに婆様に咳を治してくださいと頼み、次に爺様に「おじいさん、今あちらで咳の病気のことを頼んできましたが、どうも婆どのの手際では覚束無い。何分御前様にもよろしく願いまする」
そう頼んで帰ると、殊更よく全快するという。


江戸の頃には、なぜだか爺婆は仲が悪いとされていて、並べると必ず片方が倒されるということから、両者は離れて置かれていた。しかし今ではそんなことはなく、仲良く並んでいる。今では咳に効くという生姜の飴も売られているので、そう高くもないものなので試してみるのもいいかもしれない。

こういった咳に効くカミさまは、なぜだか「咳のおば様」だとか「しわぶき婆」、「姥神」だとか呼ばれて、各地にある。

例えば、私の住む川口市には私が把握しているだけで、3箇所に「咳のおば様」がいらっしゃる。西新井宿の姥神様、芝のしゃびき地蔵、慈林のばん神さま。それぞれ呼び名は異なるが、いずれも咳の病に効くという。私の知るだけで3箇所なのだから、実際にはもっとあるのかもしれない。で、1つの市内でこれだけあるのだから、全国各地にあるに違いない。


ところで、なぜこのカミさまは咳のカミさまとなったのか。
大抵の場合、このカミさまは婆さんである。

婆さんのカミさまが咳に効くカミさまへと至った訳としては、こんなことが言われている。

「咳の病を治してくれる神「咳婆(シャビキサマ)」は、もともと関の姥神であった。だからセキババは村の辻や山の峠、橋畔などに祀られ境を守る神であった。その関が咳に通じるところから、人の咳の病ばかり祈るようになった。」


関所の関ということで、村境などに祀られ、塞神(さえのかみ=道祖神)の「さえ」=塞(ふさ)ぐも同じではないかと言われている。セキという音が、咳に通じるという日本によくあるダジャレのようなパターンだが、こうした信仰が良くない風邪の病などが流行った時から広がったのではないかと思う。

私などは単に塞や関という意味以外に、石神の石の意もあったのではないかと思うのだが、しかし、単に音が似ているというだけでそう信仰され始めたのではなく、もともと姥神にそう信仰される下地があったのではないかと思われる。


では、姥神とは何か。

姥神と呼ばれるカミさまは、よく井の上、池の岸、泉のほとりなどに祀られていることが多い。咳に効く、とされない場合の「姥神様」でも、水と関連する場所などに多く存在している。例えば有名どころであれば浅草の近く。かつて姥が淵という池があり、悲しくも残酷な説話が残されている。石枕、一ツ家の伝説と呼ばれる話だ。

お話は浅草寺草創の頃のこと。浅茅ケ原の一軒家に老女と若い娘が住んでいた。道行く旅人に一夜の宿をかしては夜な夜な寝静まりに旅人の首を落す。そして身ぐるみはぎ取ってしまう。殺された人999人。これをみた浅草観音は若衆に変身して老女の一軒家に泊る。老女は例によって旅人をしとめるがあけてみてびっくり。殺したのは旅人にあらずしてわが娘なり、老女は大いになげき苦しんだ。千人目のお客で彼女は仏眼を開き、大きな竜となって池の中へ消えていった。この池を後世、姥ケ池というようになった。(台東区


他にも各地に姥神もしくは類似する話が残っていて、「咳のおば様」の例として前述した西新井宿の姥神様も、もとは姥が池と呼ばれる池に由来する説話を持っている。いずれも水辺が近くにあり、悲しい話がついてまわる。

この姥神とは一体なんだろう?

これを考える上で参考になるのは、各地に伝わる大師講の説話である。
お大師様、つまり弘法大師(空海)が各地をまわり、杖でつついたりして水が湧き出るという類の伝説だが、「きっと近くの村にこういう言伝えがあって、それにはいつでも女が出てきます。その女がほんとうは関の姥様であったのであります」(柳田国男)という。

どういうことか。
端折って説明すると、「だいし様」と読んでいたのを文字を知る人たちが弘法大師と思うようになった。もとは「だいし」に漢字をあてるとしたら「大子」と書くのが正しく、これは「おおご」と言って、大きな子。すなわち長男という意味であった。この大子は児の神(神の子)であり、姥神は御母、御叔母といったような大子と親しみのある関係であった。

大子はその字や音から、時代とともに聖徳太子や弘法大師などへと移り、姥神も「うば」=女のことであったものを、老女のように考え出し、仏教の普及とともに奪衣婆、山姥などのイメージがついていった。しかし、双方とも決して新しい神ではなく、相当に古いカミなのではないか・・・と言われている。

確かに、姥神(咳のおば様)の多くは単に咳の病に効くだけでなく、子供の病に効くという話がセットになっている。

姥神とは子どもを愛するカミなのだ。


ところで、何故「うば」ガミと呼ぶのか。
これは私の想像だが、もともとは「産神(ウブガミ)」から来たのではないか。
産神とは出産の神とされ、箒神をそう呼んだり、また産土神(うぶすなかみ・・・土地の神として祀られている)と関連があるとされている。

この「うぶ(おぶ)」とは「たましい」と同じ意味だと思われる。

かつて海辺の村ではお産のたびに海近くに産(うぶ)小屋(産屋)を立て、その下には砂を敷いた。この砂をウブスナと言うのではないかとの話もある。

ともかく、姥神が水辺にいること、子の神との関連があり、更には子どもを愛する神であること。「うぶ」と「うば」の音の近さなどから考え、そこから姥神となってのではないか、と思える。


子どもな7つまでは神のうちと言われ、昔は生き延びるのも大変だった。タチの悪い流行病などが出ると、それを乗り切るのも運次第だったろうと思う。流行病はいつも境界の向こう側、他所の地域から入り込んでくる。だからこそ、その境界を「関の姥神様」に守ってもらう必要もあったのだろう。

姥神様はとても身近な場所にひっそりといて、そしていつでも子ども達を見守ってくれている。



今また鳥インフルエンザやMERSコロナウイルスという、油断ならない病気が影をチラつかせている。
神頼みとともに、最新の予防医療の力と、身近な感染症予防の知識で「いざ」を乗り切ろうではないか。


人体に危ない細菌・ウイルス 食中毒・院内感染・感染症の話 (PHPサイエンス・ワールド新書)

マスメディアが報じない 新型インフルエンザの真実 (中公新書ラクレ)

【参考】
日本の伝説 (新潮文庫 や 15-2)
日本の神々 (岩波新書)
埼玉県伝説集成―分類と解説 (1974年)

3 件のコメント:

  1. 芝のしゃびき地蔵の場所をさがしています。ヒントでもよいので、場所を教えていただけないでしょうか?お願いします。

    返信削除
    返信
    1. こんにちは、又三郎です。
      場所、地図貼れればいいのですが、ネット環境が悪く、文章での説明でご勘弁ください。

      芝2丁目、県道111号蕨桜町線沿い、蕨方面。猫橋の近くで、天狗とセブンイレブンの間あたり。横断歩道のそば。

      わからなかったらまたコメントください。

      削除
    2. ありがとうございます。無事に発見することができました。
      これからも、面白い情報を楽しみにしています。

      削除