別にタモリさんが悪いわけではないだろうけど、埼玉というと「ダサイタマ」というイメージを持たれることが多い。(ダ埼玉はタモさん発)
まことに不愉快だ。
これは個人的感覚かもしれないけれど、地方の人(特に地方から東京に出てきた人)ほど、鼻で笑う風圧が強いように感じるけれど、それはタマタマなのかもしれない。
しかしながら、特別視されている東京だってもとはといえば埼玉と同じ武蔵国なのであり、もう大雑把に言ってしまえば23区がちょっと広めの江戸なだけである。いっそのこと東京や埼玉、神奈川の一部を県として廃止し、武蔵国を復帰させて統合し、その中の23区特別区を江戸と名づけてしまえばいいのに。
という事を書いているが、これはこれでコンプレックスの裏返しなのかもしれない。
ところで、前々から武蔵国の武蔵(むさし)という名称については気になっている。
武蔵坊弁慶や宮本武蔵のイメージからか、武蔵という名称だけみれば、強く男らしく、割と好印象なイメージを持たれることが多いんじゃないかと思う。
一方で、地名としての武蔵の語源を見てみると色々な説があり、けっして良いイメージのものばかりでもない。
例えば夏の暑い街として有名な熊谷などを見てわかるように、蒸すから来ているとか。
あるいは焼畑耕地をサシと呼ぶことから、焼畑農業に関係あるのではないかとか・・・(柳田国男)。
いったにムサシという言葉には、どんな由来や意味があるのか。
この文字を分解するにも、ムーサシなのか、ムサーシなのか、ムーサーシなのか。
まぁ私の現在の知識では考えてもわからないので、想像して楽しむことにする。
例えば・・・。
武蔵国一宮である大宮氷川神社には摂社に宗像神社があるが、宗像海人族の「ムナカタ」という名は、胸に龍蛇の鱗を表象した特徴ある形▽をしていたことから来ているという話もあり、胸の刺青で胸刺→ムサシと連想は、かなり面白い。
氷川の祭神は今でこそ素戔嗚尊だが、もともとは見沼(昔、埼玉には大きな沼があった)の龍を祀っていたのではないかと言われている。
龍蛇の信仰を持つ宗像海人族がムサシの地にやって来て、見沼の龍信仰につながったとか!
というか、素戔嗚尊や出雲だって宗像と無関係ではないと思うが、それはまた別の話。
あるいは、蘇我氏の一族のなかに蘇我日向というのがいる。この人の字は身刺(ムサシ)という。蘇我氏の名前は前から不思議に思っていたんだけれど、蘇我蝦夷という有名人がいるではないですか。えみし、って、大和朝廷と戦った東国の蝦夷と、なぜ同じ??蘇我氏は東国と関係があったりして。
考えは尽きない。
ということで、実は現在仕事でトラブルを抱えている私の現実逃避の空想でした。はあ・・・。
一応、参考文献を上げておきます。
発掘から推理する (岩波現代文庫)
物部氏の伝承 (講談社学術文庫 1865)
何かしら、古代の人たちにとってムサシという言葉には意味があったのでしょうね。
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