tag:blogger.com,1999:blog-2977227747074385727.post8779919761554131369..comments2022-04-12T07:02:28.317+09:00Comments on とある縁起 ~記録は末後のひと言~: 征伐する側の事情、される側の事情。Anonymoushttp://www.blogger.com/profile/02125217014323142866noreply@blogger.comBlogger2125tag:blogger.com,1999:blog-2977227747074385727.post-17069586353829997652014-02-17T10:48:32.140+09:002014-02-17T10:48:32.140+09:00文字として記録される以前のことって、興味深いです。長い戦乱の時代、もちろんあったでしょうね。5世紀初...文字として記録される以前のことって、興味深いです。長い戦乱の時代、もちろんあったでしょうね。5世紀初頭には、少なくとも朝鮮半島まで行ってやりあっていたくらいですから。高句麗の碑文400年のところに、「倭の兵が新羅城に満ちていた」。それ以前に国内をある程度固める戦乱があったでしょうし、その中には英雄とかもいたんでしょうね。<br /><br />記紀神話も少なくとも2系統の神話(イザナギ・イザナミ系とムスヒ系)から出来ていると言いますから、土着の文化と外来の文化と、新旧勢力の衝突など、色々あったんだろうな~と。Anonymoushttps://www.blogger.com/profile/02125217014323142866noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-2977227747074385727.post-5777631727380808412014-02-16T17:05:47.233+09:002014-02-16T17:05:47.233+09:00歴史は時の政権の都合の良いように書かれると言いますが、古事記、日本書紀に書かれる歴史ほど奇妙なものは...歴史は時の政権の都合の良いように書かれると言いますが、古事記、日本書紀に書かれる歴史ほど奇妙なものはないでしょうね。都合よく書いててもいいんですが、せめて実際にあったこととか実際にあった国などを書いていてくれれば古代史の謎はなくなっていたでしょうね。天皇家自らの由来すらわからなくしてしまったのは、それが目的だったのではないかなと思います。つまり政権確立時にえげつないことしてたとか。本当の古代史は長い戦乱の時代があったり邪馬台国が登場したり、かなりダイナミックだったのではないでしょうか?それらの記録が残されていないのがほんとに残念に思います。ほんのり梅酒noreply@blogger.com